原爆の父「オッペンハイマー」の伝記映画が全米で大ヒット/紛れもない「反戦反核」映画/日本でこそ公開すべき

号外寄稿(9月13日 18:45)

2023年9月号 LIFE [号外寄稿]
by 貴船かずま(評論家)

  • はてなブックマークに追加

「オッペンハイマー」のポスター

いま世界で最も注目されている映画監督の一人、クリストファー・ノーランの新作「オッペンハイマー」の日本公開がいまだに決まらない。「ダークナイト」などバットマンシリーズで知られ、前作の「TENET テネット」は日本でもロングランヒットを記録した監督の待望の新作にも関わらずだ。

「原爆の父」として知られる理論物理学者ロバート・オッペンハイマーの生涯を描いた映画で、原爆開発を扱っているため被爆当事国である日本での公開はタブーとの指摘があるが、本作を観ると核開発を全面的に正当化する内容ではないことは明らか。むしろ原爆投下を正当化してきた米国の世論を変えていく可能性さえある。

「原爆の父」として知られるオッペンハイマー(1944年頃、Wikimedia Commons/ロスアラモス国立研究所資料)

科学者の伝記映画という地味なジャンルで長尺だが、7月に公開の始まった全米では異例の大ヒットを記録している。商業的に成り立たないとの懸念も払拭されており、もはや公開しない理由は見当たらない。

時空を巧みに操る魔術師ノーラン

クリストファー・ノーラン(Wikimedia Commons/Georges Biard)

筆者は香港で本作を観た。

物語は①オッペンハイマーが米陸軍の原子爆弾開発計画「マンハッタン・プロジェクト」のリーダーとして原爆を開発する過程、②戦後の冷戦時代にあった「赤狩り」を背景にソ連のスパイとして疑われたオッペンハイマーが尋問を受ける様子、③オッペンハイマーにスパイ容疑をかけた首謀者に対する米議会の審議、④オッペンハイマーとその首謀者との邂逅――これら4つの時間軸が巧みに編み込まれた複雑な構造になっている。

さらに驚くべきは、いずれの場面も膨大な会話の応酬で占められることだ。しかもそれが3時間続くと聞けばつまらなさそうなものだが、そこは時空を巧みに操る魔術師ノーラン。時間軸ごとに画面の色彩を変えたりオッペンハイマーを微妙に老けさせたりしつつ、巧みな編集と腹に響く不穏な音響効果で緊張感が持続し飽きさせない。

惜しむらくは戦後来日のシーンなし

オッペンハイマーがソ連のスパイとして尋問を受ける場面(Universal Pictures)

観ていて意外だったのは4つの時間軸の中で最も中心に語られるのがソ連のスパイとして尋問を受けるシーンであったことだ。

なぜオッペンハイマーが疑われたかといえば、自らが開発した核爆弾が日本に投下され、凄惨な被害をもたらしたことで科学者としての良心に苛まれ、水爆開発の反対を訴えたためだ。

ここでのオッペンハイマーの苦悩ぶりはとても丁寧に描かれる。本作を紹介する日本の一部報道で「広島、長崎の被害の描写がない」との批判があるが、正確には「ないわけではない」。確かに被爆した都市や人体など直接的な映像はないが、原爆投下後の成功を祝う講演の場面で、オッペンハイマーが黒焦げの死体に足を埋め驚愕するという心理描写があるなど間接的な表現は随所にある。オッペンハイマーの視座と心情を徹底して映像化した本作の特徴からすれば真っ当かつ誠実な描き方だと考える。

ただ惜しむらくは、オッペンハイマーが戦後に来日したシーンがないことだ。

奇跡的な経済復興を遂げつつあった1960年、オッペンハイマーは日本の地を踏むのだが、東京を訪れたものの、広島、長崎に寄ることはなかった。終戦から15年が経っていたとはいえ、両市にもたらした被害を直視できなかったのだろう。この描写があれば、本作の主題はより明確になったはずだ。

「君のせいじゃない。私がやったんだ」

広島への原爆投下を伝えるトルーマン大統領(1945年8月6日、NHKアーカイブス)

物語の終盤には見せ場の一つである核実験の描写があるが、それほどのカタルシスはもたらされない。むしろその後にトルーマン大統領と面会するシーンにこそ最大の山場が用意されている。数多の市井の人々を死に追いやったことに苦悩するオッペンハイマーにトルーマンは「君のせいじゃない。私がやったんだ」と手柄を誇るように笑いながら話すのだ。この二人のコントラストこそ本作の核心だろう。その意味で筆者は紛れもない反戦反核映画だと受け取った。

原爆投下は戦争を終わらせるために必要だったとの認識が、米国政府ならびに米国民に強固に浸透していることはよく知られている。しかし、近年になって広島はまだしも長崎は不必要だったのでは、との疑問を米大手メディアが投げかけるなど変化の兆しも出てきている。こうした米国世論の趨勢を見極める上でも日本人が観る価値はある。またノーランは、自身の核開発に対する立場を別にしても議論を呼び起こすことを狙っていることは間違いない。そこに被爆当事国の日本の国民が参加しなければこの映画は完成したことにならない。

日本公開は「何も決まっていない」

ユニバーサル・ピクチャーズの作品の配給権を持つ東宝東和によると、本作の配給や公開に関する決定権はユニバーサル・ピクチャーズにあるとしている。筆者も日本の関係者に問い合わせてみたが「本当に何も決まっていない」とのことだった。

異例のヒットの背景には、同日公開された「バービー」との2作の対比が話題を呼んだことも関係している。バービー人形とキノコ雲をモチーフにした合成画像が面白おかしくSNSで拡散され、日本で強い反発が起きたことは記憶に新しい。それだけに、本作を騒動のまま終わらせてはならない責務が日米の配給会社にはあると考える。

著者プロフィール

貴船かずま

評論家

   

  • はてなブックマークに追加