「安倍路線」は死去後も加速している…さらに「改憲で安倍さん超えたい」岸田首相 銃撃事件から1年

2023年7月8日 06時00分
 安倍晋三元首相が参院選の応援演説中に銃撃され、死亡した事件から8日で1年。与野党は暴力でなく言論で問題解決を目指す重要性を再認識した。一方で岸田文雄首相は安倍氏が敷いた保守の政治路線を加速させている。日本の安全保障政策の大転換となる敵基地攻撃能力(反撃能力)の保有や防衛費の倍増方針を決定。安倍氏がなし得なかった改憲の実現にも意欲を示している。(佐藤裕介、市川千晴、坂田奈央)

◆「検討使」が一変、軍事や原発で国会抜きで方針大転換

記者団の取材に応じる岸田首相

 首相は7日、安倍氏の死去から1年を前に、官邸で記者団に「安倍氏の遺志に報いるため、先送りできない課題に取り組んできた。こうした姿勢を大事に職責を果たしていきたい」と強調した。
 岸田政権は2021年10月の発足後、政策面で「検討中」を繰り返し「検討使」とも称されたが、安倍氏の急逝後は一変した。
 昨年末、安倍氏が唱えた敵基地攻撃能力の保有や、防衛費倍増を盛り込んだ国家安全保障戦略を閣議決定した。原発政策でも今年2月、60年超への運転期間延長を含め「最大限活用」との基本方針を決定。過去に首相が「考えていない」と発言していた原発の建て替え方針も盛り込んだ。
 政治手法も説明責任を問われ続けた安倍氏を想起させる。安倍氏の国葬は、国会を素通りして閣議だけで決定。安保政策も原発政策も、国会での議論をほとんど経ないまま決めた。
 首相周辺は「敵基地攻撃能力の保有や防衛費の大幅増は、安倍氏だったら反発が大きくてできなかったが、成し遂げている」と首相の自負を代弁する。
 だが、首相が率いる自民党岸田派は第4派閥で党内基盤が弱い。首相が「安倍路線」を突き進むのは、来年9月に任期を迎える党総裁選で再選するため、最大派閥の安倍派など保守派の支持を得る狙いがあるとも指摘されている。
 改憲に関しては、複数の自民党保守派議員が「首相は改憲で安倍さんを超えたいと思っている」と口をそろえ、党幹部の一人も「改憲への首相の思いは本気だ」とみる。
 首相は6月21日の記者会見で「目の前の任期で改正すべく努力するとの思いを(以前から)申し上げている」と語り、来年9月までの実現を目指す考えを強調した。ただ、改憲には衆参両院での3分の2以上の賛成による発議と、国民投票での過半数の賛成が必要。国民の理解を得る十分な説明が大前提になる。

◆「安倍氏以後の自民党の路線はいまだ模索状態」と後房雄教授

愛知大の後房雄教授

 安倍政権と岸田政権の評価や関係性について、愛知大の後房雄教授に聞いた。(柚木まり)
 戦後日本政治で自民党は、社会主義や共産主義に対抗する意味での保守として、福祉政策や地方への利益配分を行う中道左派的役割も担ったが、安倍政権で大きく転換した。「岩盤保守」と呼ばれる日本会議や旧統一教会など、国粋主義的とも指摘される右派的保守の存在が一定の勢力として普通になりつつあり、存在感を強めた。
 安倍晋三元首相は、岩盤保守の支持や期待を集めつつ巧妙に距離を保ち、現実的な政策を取った。右派的保守を一つにまとめられる大きな存在だった。
 これに対し岸田文雄首相は、独自性を打ち出した「新しい資本主義」の中身を明確に発信できず「異次元の少子化対策」も安倍路線と大きな違いを示すほどの実質的内容は含まれない。全体として、安倍氏以後の自民党の路線はいまだ模索状態という印象だ。
 結果として、かなりの部分で安倍政権の政策を引き継いでいる。防衛費倍増や敵基地攻撃能力の保有などは、ロシアによるウクライナ侵略など安全保障環境の変化による側面が大きく、右派的保守の立場に近づいたものとはいえない。
 首相は、自民党総裁任期中の改憲にも意欲を見せるが、安倍氏の死去で右派的保守の勢力は分散し、存在感が薄れつつある。保守派が脅威にならなければ、具体化しない可能性もある。

 後房雄うしろふさお 1954年、富山県生まれ。専門は政治学、行政学。名古屋大名誉教授。日本公共政策学会会長も務めた。

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