2014

07/21

デング熱の脅威

  • 感染症

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内藤 博敬
静岡県立大学食品栄養科学部環境生命科学科/大学院食品栄養環境科学研究院、助教。静岡理工科大学、非常勤講師。湘南看護専門学校、非常勤講師。

ドクターズプラザ2014年7月号掲載

微生物・感染症講座(41)

日本国内での流行は起こるのか!?

はじめに

今年の初めに一件のショッキングなニュースが飛び込んできました。昨年の夏に観光で日本を訪れたドイツ人女性が、帰国後に「デング熱」を発症したとのニュースを覚えていらっしゃるでしょうか。日本では、熱帯・亜熱帯地域からの輸入感染症としての印象が強いデング熱ですが、かつて日本でも流行したことがあるんです。夏に向けた今回は、このデング熱、デングウイルスについてお話をしていきましょう。

蚊がデングウイルスを媒介する

デングウイルスは、黄熱ウイルスや日本脳炎ウイルスと同じフラビウイルス科に属すウイルスです。これまでに約70種類のフラビウイルスが見つかっていますが、その中のおよそ40種がヒトに感染症を起こすことがわかっています。フラビウイルスのヒトへの感染は、蚊やダニなどの節足動物が媒介して起こります。デングウイルスを媒介する節足動物は“蚊”です。都市部では熱帯・亜熱帯 地域に生息する「ネッタイシマカ」が主としてデングウイルスを媒介しますが、森林や農村部などでは日本にも生息している「ヒトスジシマカ」も媒介者として報告されています。これらの蚊は、デングウイルスに感染したヒトから血を吸うことで保持することもありますが、デングウイルスを持った雌が卵へウイルスを伝播して、孵化した子供がウイルスを保持することも確認されています。デングウイルスを保持した蚊の刺咬によってデングウイルスに感染すると、3〜7日の潜伏期を経て、突然の発熱症状が表れます。

デングウイルス感染症には、この発熱に痛みと発疹を主な徴候とする「デング熱」と、出血傾向と循環障害を主症状とする「デング出血熱」の二つの病型があります。「デング熱」は、発熱とともに頭痛、眼窩痛や筋肉・関節痛が起こり、さらに熱発から数日後に、胸や背などの体幹部分から発疹が表れ、顔や手足へと広がっていきます。これらの症状はおおよそ1週間程度で消え、デング熱は予後も良好な場合がほとんどです。「デング出血熱」は、発熱が治まる頃に出血や血漿(血液の凝固しない成分)の血管外への漏出が起こり、胸水や腹水が溜まり、重症化すると血液濃縮と循環血液量の減少によるデングショック症候群が起こります。デング出血熱の致死率は流行している国によってまちまちですが、輸液療法などの適切な治療を行わないと命を落とす危険な感染症です。感染予防は、とにかく蚊に刺されないように注意することです。デングウイルスには認可されたワクチンが無いので、流行地域で蚊の刺咬に注意することと、溜まり水などの蚊が繁殖する場所を作らないように衛生向上に努めることです。

ドイツからの旅行客が日本で感染!?

2013年の8月に、観光で日本を訪れていたドイツ人女性が、帰国後にデング熱を発症したとのことで、厚生省は「日本国内で感染した可能性もある」として注意を呼び掛けています。同時期にシンガポールでデング熱が流行し、その繁華街が最重要警戒地区に指定されていることもあり、帰国途中あるいは飛行機の中で感染した可能性も否定はできませんが、潜伏期間を考えると日本国内で感染した可能性が極めて高いと考えられます。

そもそもは熱帯・亜熱帯に分布するデングウイルスですが、第二次世界大戦中に、戦地から持ち込まれたと考えられるデングウイルスが西日本を中心に流行し、およそ20万人ものヒトが感染した記録が残っています。近年では熱帯・亜熱帯地域への旅行時に感染して日本国内へ持ち込む輸入感染事例が年間数百例ほどあり、衛生状態の向上した現代とはいえ、油断はできない状況にあります。また、日本には前述のようにデングウイルスを媒介するヒトスジシマカが生息しています。第二次世界大戦後の調査では、ヒトスジシマカの生息北限は栃木県となっていましたが、交通が発達し、地球規模での温暖化が問題となっている現在では東北地方へ生息分布を拡大しており、全国的に注意喚起する必要があります。蚊が媒介する感染症(蚊媒介感染症)には、デング熱の他にも日本脳炎やチクングニア熱などがあり、輸入感染や国内での流行が懸念されています(注)。今年の夏は、例年以上に蚊に刺されないよう、発生させないよう、早めに対策しましょう。

 

(注)蚊媒介感染症には、デング熱、日本脳炎、チクングニア熱、ウエストナイル熱、マラリアなどがあり、日本では感染症法で第四類に分類されています。日本脳炎にはワクチンが、マラリアには予防薬がありますが、それ以外はワクチンも薬も無いため、流行地では蚊に刺されないことが最大の予防策です。

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