「お前が始めたんだろ」発言は真っ当なのか…河野太郎氏の言い分を検証した マイナ制度のトラブル批判に反論

2023年6月28日 12時00分
 河野太郎デジタル相が新潟県内の講演会で、マイナンバーカードをめぐるトラブルについて、マイナンバー制度を始めたのは旧民主党政権だとして、野党議員の批判に「お前が始めたんだろ、と言い返したくなる」と語った。批判されると「悪夢の民主党政権」と繰り返した安倍晋三元首相を彷彿ほうふつとさせる言いぐさだが、これは責任転嫁できるような話なのか。検証してみたい。(宮畑譲、大杉はるか、中山岳)

◆「民主党政権が作った制度」は本当か?

 「マイナンバー制度は民主党政権が作った制度。作った時の人が『一回ちょっと立ち止まれ』みたいなことをいうと『お前が始めたんだろ』と言い返したくもなる」。25日にあった新潟県内の講演会で、河野氏がこう述べたと、地元民放などが報じた。
 そもそも、河野氏の「民主党政権が作った」との言い分は正しいのだろうか。
 確かに、民主党政権時代の2012年の国会で法案が提出された。いったんは民主、自民、公明で修正合意に至ったが、自民党は国会中の解散を求めて協力拒否に転じた。結局、11月の解散で廃案となった。

マイナンバー(共通番号)制度を推進する会議で発言する民主党の玄葉政調会長(左端、当時)。自民、公明の幹部も出席していた=2010年12月5日、東京都港区で

 この選挙で政権を奪還した自民党は翌13年の国会でマイナンバー法案を提出、安倍晋三内閣の下で成立させた。しかし、さらにその前にさかのぼると、09年に麻生太郎内閣が「社会保障番号・カード」を導入する方針を打ち出したが、総選挙で惨敗して実現しなかったという過去もある。

◆番号制度の構想はもっと以前の自民政権でも

 さらに、国民が統一した番号を持つ制度の構想自体は、民主党政権が誕生するはるか前からある。
 1980年、大平正芳内閣が「グリーンカード」と呼ばれる、納税者番号制度を導入するための法案を成立させた。これは、少額貯蓄の優遇措置の悪用を防ぐためだったが、金融業界の反対などで導入前の85年に廃止された。
 民主党政権でマイナ制度の設計に携わった、元参院議員の峰崎直樹氏は「そもそもは大平さんから始まった。何を言っているのかという話」と憤る。正確に所得を捕捉して再分配を強めることを目指したといい、「われわれが主張してきた本当の狙いではなく、マイナカードを早く効率よく持たせようとしている。国会でも本来の目的が何だったのかを議論してほしい」と話す。

◆住基ネットの失敗、そして「消えた年金」

 02年には住民基本台帳ネットワーク(住基ネット)が始まったが、多くの反対と問題を起こして失敗した。こちらも導入したのは自民党政権。しかし、07年の大量の年金保険料の納付記録漏れが分かった「消えた年金問題」で、番号制度が必要との議論が盛り上がった。
 税や社会保障を機能させることが目的だったというマイナ制度。だが、マイナカードの事実上の義務化などは想定されていなかった。衆院厚生労働委員会所属の山井和則氏(立民)は「最大の問題は保険証の廃止。民主党政権では影も形もなかった話だ。医療現場などで不安と混乱は高まっている。民主党政権うんぬんより、河野大臣は廃止延期の決断をするのが今の責任ではないか」と批判する。
 民主党政権時に厚労相を務めた長妻昭衆院議員(同)は「事実関係をご存じないのでは」とあきれた上で「漏れたら取り返しがつかないから、医療情報のひも付けはやめてくれと大臣として言った。当時の政権全体でも、ひも付けは相当限定しなければならない、なんでもひも付けるのはダメだという話で始まった」と振り返り、現在の河野氏ら自公政権が進めるマイナンバーやマイナカードの利用拡大、ひも付け拡大路線との違いを鮮明にする。

◆任意取得だったはずなのに、事実上義務化

河野太郎氏

 特に河野氏が問われるべきは、任意取得のマイナカードを事実上の義務にしたことだ。昨年10月、健康保険証を2024年秋に原則廃止して「マイナ保険証」への切り替えを表明した。だが、他人の情報を誤登録されたり、病院で保険資格を確認できなかったりする事例が相次いだ。
 マイナンバー制度に詳しい水永誠二弁護士は「任意取得としつつ、でたらめな普及策を進めた結果、『誰一人取り残されない社会』というデジタル化の理念も崩れている。河野氏はマネジメント能力のなさを露呈しているのに、もとは民主党政権が作ったなどと言うのは責任転嫁でしかない」とあきれる。
 次々と明らかになる問題に隠れがちだが、今月2日成立のマイナンバー法などの改正法は、行政機関が年金や児童手当の支給で把握する市民の口座情報を登録できるようにした。本人から一定期間内に不同意を明示されなければ、登録できるとしている。
 法改正案を議論したデジタル庁の有識者会議メンバーで立命館大の上原哲太郎教授(情報セキュリティー)は、個別に同意を取るのは自治体の負担になるとしつつ、「同意を得た人のみ登録する方が筋は通っている」と述べる。
 その上で、口座登録のあり方とは別に、公金給付の方法も議論が深まっていないと言う。「世帯ごとに一つの口座に振り込んだ方が自治体の事務作業は減る。だが、例えば家庭内暴力の被害者など事情のある人は、個別に振り込まれた方がいいはずだ。公金給付のあり方と、個人ごとの口座を登録するマイナンバー制度にはズレがある。給付を担う自治体も戸惑っているが、政府はビジョンを示せていない」

◆名前の漢字とカタカナを照合できないって…

小学校に出向き、児童のマイナンバーカード申請用の写真を撮る富山県朝日町の職員。各地で国主導のカード交付率競争が起きた=2022年12月、同町で

 公金受取口座登録を巡っては、親が子どものカード取得後、親名義の口座を子どもの口座として登録したケースなども約13万件発覚。「そもそもシステムに重大欠陥がある」と話すのは、元東京都国立市長で今は同市議の関口博氏だ。
 マイナンバーカードの取得者は「マイナポータル」のサイトから口座登録できる。だが、マイナンバーの漢字氏名と、マイナポータルで登録する口座のカタカナ氏名は照合できない仕組みになっている。システムエンジニアの経験もある関口氏は「親子でなくとも、現行のシステムだとマイナカード取得者と、全く別人のカタカナ氏名と口座を登録することができてしまう」と問題視する。
 デジタル庁は25年6月までにシステム改修する方針という。ただ、関口氏はマイナポータルで本人に代わって利用する「代理人登録」も問題があると指摘。「カードと暗証番号を知る代理人は、口座情報や処方薬の履歴など多くの情報を得られる。犯罪に悪用されるリスクもある。個人情報を一手に集めるマイナンバー制度は多くの問題があり、抜本的に見直すべきだ」

◆「河野切り」で保険証廃止を延期?

 21日発足の「マイナンバー情報総点検本部」は、マイナポータルで閲覧できる29項目のデータで誤登録などを調べる。そうした中、本部長である河野氏の「責任転嫁発言」をどう見るか。
 政治ジャーナリストの泉宏氏は「言わずもがな。次期総理を狙うなら口にしてはいけないことくらい分かりそうなものだが、性分なのだろう」とあきれ気味だ。一方、自民党内の動きとして「マイナカード問題の責任は全て河野氏に取らせようとする向きもある。岸田首相周辺には『河野切り』をした上で保険証廃止の延期を表明し、政権浮揚につなげる思惑もちらつく」と見た上で、苦言を呈する。「国民不在の騒ぎは止めるべきだ。政府は日本の将来に必要なデジタル化の方向性と中身を、改めて真剣に説明する必要がある」

◆デスクメモ

 2万円分のポイントで釣る、マイナカードの普及率と交付金を連動させるとして地方自治体をあおる、健康保険証を廃止するからカードを持てと言う。こんな強引すぎる普及策を進めた結果、システム欠陥を見逃しミスが多発した。「お前が始めたんだろ」と言われるべきなのは誰か。(歩)

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