止まらないマイナンバートラブル 岸田政権の難局
マイナンバーをめぐるトラブルが止まらない。
政府は、来年秋に今の健康保険証を廃止してマイナンバーカードと一体化する方針だが、与野党双方から懸念の声が上がり始めた。
マイナンバーをめぐって、一体、何が起こっているのか…
(馬場直子)
政権に危機感
「コロナ対応並みの臨戦態勢で、国民のマイナンバー制度に対する信頼を1日も早く回復するべく、政府、地方自治体、関係機関一丸となって全力を尽くしてほしい」
通常国会閉会日の6月21日。
総理大臣の岸田文雄は厳しい表情で、マイナンバーカード取得者向けの専用サイト「マイナポータル」で見ることができる29項目すべてのデータを総点検するようげきを飛ばした。
官邸に集まったのは、マイナンバー制度を所管するデジタル大臣の河野太郎。
「マイナポータル」で社会保障に関する多くの情報を取り扱う厚生労働大臣の加藤勝信。
点検にあたる自治体をサポートする総務大臣の松本剛明の3大臣。
岸田は、報道陣がいる前で、3大臣の名前を挙げて、それぞれに指示を出した。
強い危機感の表れだった。
全国で相次ぐトラブル
ことし3月、横浜市内のコンビニエンスストアで、マイナンバーカードを使う証明書交付サービスを利用した際、他人の住民票が発行された事例が5件発生。
その後も、同様のケースが相次ぎ、5月9日、河野は記者会見で、システムの一時停止を運営会社に要請したことを明らかにした。
これ以降もマイナンバーをめぐるトラブルが次々と明らかになる。
5月12日。カードと一体化された健康保険証に他人の情報が登録されていたと加藤が発表。総件数は、6月13日時点で7372件に上っている。
6月7日には、マイナンバーの公金受取口座に他人の口座が登録されていたケースが748件、本人ではない家族名義とみられる口座が登録されていたケースがおよそ13万件確認されたと河野が発表。
12日。地方公務員の年金などを運営する「地方職員共済組合」に加入している人が、マイナポータルで年金情報を閲覧されたトラブルが1件あったことを総務省が発表。
20日。マイナンバーカードの取得などでポイントがつく「マイナポイント」を申請する際、他人のクレジットカードなどにひも付けられてしまい、他人にポイントが付与されるか、付与される可能性があったケースが172件あったと松本が発表。同姓同名の別人のカードが交付され、ポイントを申請していたケースも2件発覚した。
さらに同じ日には、静岡県で、別人の障害者手帳の情報がマイナンバーに登録されていたと加藤が発表した。静岡県によると、少なくとも62件確認されている。
多くは「人為的なミス」
これらのミスは、なぜ起こったのか。
河野は6月21日の国会でこう述べている。
「一連の事案の原因は、事務処理の誤りなどさまざまで、マイナンバー制度そのものに起因しているわけではない」
マイナンバーのシステムは問題なく、人為的なミスが原因だという主張だ。
7372件の誤りが見つかっている健康保険証のケースを見てみたい。
健康保険証とのひも付けを担当しているのは、公的な健康保険を運営しているそれぞれの組合だ。
大企業の従業員などが加入する健康保険組合、中小企業の従業員などが加入する協会けんぽ、自営業者などが加入する国民健康保険など、およそ3400の組合が作業にあたっている。
会社員の場合、勤める会社が変わると、加入する健康保険が変わることになり、そのたびに、組合にマイナンバーの情報を提出し、組合側でひも付けを行う。
その後、加入者が健康保険証とマイナンバーカードの一体化を希望すれば、専用サイトの「マイナポータル」で、診療情報などさまざまなデータを見ることもできるようになる仕組みになっている。
判明している誤りのうち9割以上の7100件余りは、中小企業の従業員などが加入する協会けんぽで見つかっている。
協会けんぽによると、新しく加入する人が自分のマイナンバーを申請する際に、ほかの家族の番号を申請するなど、そもそも組合側が受け取ったマイナンバーが間違っていたものをそのまま登録してしまったケースが多かったということだ。
協会けんぽの幹部はこう説明する。
「提出されたマイナンバーは正しいという前提で入力していた。ミスは許されることではないが、手書きで申請されたものもあるため、数字を読み誤るケースもあった。人の手が介在しているかぎり、誤りはどうしても生じてしまう」
協会けんぽの作業では、申請されたマイナンバーが正しいかどうか確認する作業は行われていなかった。厚生労働省のマニュアルではそこまで求められていなかったという。
ほかにも厚生労働省によると、一部の健康保険組合では、加入者がみずからのマイナンバーを記載しないまま申請を行ったことから、住民基本台帳システムで照会した時にミスが発生していた。
厚生労働省のマニュアルではマイナンバーの記載がない申請は、住民基本台帳システムで照会することになっていて、氏名と生年月日、性別、住所の4つの情報を照合し、間違いがないか確認したうえで登録するのがルールとなっていた。
しかし今回のケースでは、4つの情報をすべて確認しなかったため、同姓同名の他人の情報を登録してしまったというケースもあったということだ。
いずれのケースも、手作業による事務処理などの過程でミスが発生している。必要な確認作業が不十分だったと言えないだろうか。
また、家族と見られる別人の口座がひも付いていた13万件のケースについて、デジタル庁は、登録の際に、本人名義のものしか認められないと周知してきたとしている。
しかし、口座を持っていない幼い子どもの分を申請する際に、代わりに親が自分の口座を登録したものと見られる。
マイナンバーには、氏名のふりがながなく、漢字のみが登録されている。一方で、金融機関の口座はカタカナのフリガナで登録されているため、現状では、正しいかどうか照合できないシステムになっている。
デジタル庁は、本人名義以外の口座を登録できないようにシステムの改修を行う方針だ。
点検はマイナポータルで見られる全29項目
健康保険証のようなミスを1つ1つなくしていくため、政府は、6月21日に立ち上げた「マイナンバー情報総点検本部」で、データの総点検を始めている。
対象となるのは「マイナポータル」で見られる29項目のすべてのデータだ。
29項目は多岐にわたる。
健康保険証の情報のほか、年金保険料の支払額、介護保険に関する情報、児童手当や雇用保険など。所管する省庁も、社会保障関連を所管する厚生労働省のほか、デジタル庁、総務省、こども家庭庁、財務省、文部科学省とさまざまだ。
そして、前記のとおり、マイナンバーとそれぞれの情報のひも付けは、公的な健康保険を運営している組合や自治体など手続きごとに、実施する機関が異なっている。総点検本部は、対象となる機関に各省庁を通じて点検を要請。ことし秋までに、点検を終えたいとしている。
できるのか? 来年秋の保険証廃止
政府が点検を急ぐのには訳がある。来年の秋に迫った健康保険証の廃止だ。
保険証と一体化すれば、患者が同意した場合には医療機関が過去の診療情報などを確認できるようになり、質の高い医療の提供につながるとして、厚生労働省が中心となって取り組みを進めてきた。
去年6月に取りまとめられた「骨太の方針」では、カードと健康保険証の一体化について、健康保険組合などが導入するかどうか判断する選択制とし、将来的に廃止を目指す方針としていた。
そして去年10月、河野が記者会見を開き、今の保険証を来年の秋に廃止し、マイナンバーカードに一体化する方針を明らかにしたのだ。先の通常国会では、この方針に基づいて、改正マイナンバー法も成立した。
そうした中で、次々と明らかになった今回のトラブル。与野党双方から、来年秋に保険証を廃止するという政府の方針に異論が出始めている。
自民党の衆議院議院運営委員長の山口俊一はこう指摘する。
「少し乱暴だ。これ以上問題が出ると来年秋の運用開始は厳しく、保険証とマイナンバーカードの両方を使えるようにしてもいいのではないか」
立憲民主党代表の泉健太もこう発言した。
「国民が不安を感じている中でのマイナンバーカードへの統合は性急すぎる。当面は健康保険証の選択肢を残すことが正しい政策だと訴えたい」
国民の不安払拭の措置が大前提
6月21日、国会閉会にあたって行われた岸田の記者会見。
「来年秋の保険証廃止に対する国民の不安を重く受け止めており、全面的な廃止は 国民の不安を払拭するための措置が完了することを大前提として取り組む」
払拭できなければ、延期するともとれる発言だが、厚生労働省の幹部はこう本音をのぞかせた。
「岸田総理の発言は、何が何でも来年秋にマイナンバーとの一体化をするという決意の表れだ。国民の不安を払拭するには、それこそ廃止期限の延長が一番手っ取り早い。でも、やってしまえば総理の威信に傷がつく」
今のところ、政府は、来年秋に今の健康保険証を廃止し、マイナンバーカードに一体化するという方針は変えていない。ただ、トラブルが相次いでいる今の状況のままでは、円滑な移行は望めない。報道各社の世論調査でも支持率の低下傾向が見られはじめた。
岸田肝いりで立ち上げた「マイナンバー情報総点検本部」による総点検で、国民の不安を払拭し、来年秋の今の保険証の廃止に向けた道筋をつけられるのか。対応を誤れば政権運営に影響が出かねない。
この難局を乗り越えられるか、岸田は正念場を迎えている。
(文中敬称略)
- 政治部記者
- 馬場 直子
- 2015年入局。長崎局から政治部。野党クラブなどを経て厚生労働省クラブで保険局を取材。8月からは官邸クラブで河野デジタル大臣を担当。