PAC3が沖縄で民間港湾地区に展開 自衛隊が市民の日常にじわりと「浸食」 6月23日は「慰霊の日」

2023年6月23日 12時00分
 23日は「慰霊の日」。沖縄戦で命を落とした人々をしめやかに追悼する日だが、対照的な「波」が沖縄に押し寄せている。見過ごせないのが石垣島の状況だ。自衛隊が北朝鮮対応で地対空誘導弾パトリオット(PAC3)を配備するに当たり、駐屯地ではなく、民間用の港湾地区に展開したのだ。市民の日常に浸食する試みは、どんな波紋を呼んだのか。(中沢佳子、木原育子)

◆展開先は、新設された駐屯地の外

 「このままずっと置くことだってありうる。市民には大きな負担だ」。石垣市南ぬ浜(ぱいぬはま)町の新港地区に物々しく置かれたPAC3。花谷史郎市議が不安視する。
 石垣には3月、陸上自衛隊の駐屯地が新設された。しかし自衛隊は駐屯地外の港湾にPAC3を並べた。
 花谷市議が会長を務める「市議会野党連絡協議会」は今月16日、石垣駐屯地に早急な撤去を申し入れたが、音沙汰はない。「旅客船が入り、海外から訪れる人も多い港。PAC3を見せつければ、危険な場所と印象づけるようなものだ」

◆展開先には旅客船ターミナルや人工ビーチ

地対空誘導弾パトリオット(PAC3)

 浜田靖一防衛相は4月、北朝鮮が計画する「軍事偵察衛星」の発射と日本領域への落下に備え、自衛隊に破壊措置の準備を指示し、5月には破壊措置命令を発出。沖縄県内ではPAC3の展開を進めた。
 PAC3は、飛来してくる弾道ミサイルを地上から発射した迎撃ミサイルで撃墜する。レーダーや発射機を備え、車両で移動でき、航空自衛隊が運用する。
 今回の配備先は石垣島や与那国島、宮古島、沖縄本島の計4カ所。石垣駐屯地に運び込まれたPAC3は他の3カ所と違い、民間向け港湾へ移された。
 市港湾課によると、配備先の新港地区は旅客船ターミナルやマリーナ、人工ビーチ、石油・ガス関連施設の集約地、物流拠点など、さまざまな機能を持つ。
 担当者は「年70回は旅客船が寄港する見込みで、PAC3の配備は管理上好ましくもない。寄港のない間だけ認めた」と述べる。当初は旅客船ターミナルそばに配備されたPAC3は18日、船の寄港に伴い人工ビーチ近くに移った。

◆防衛省は「総合的に勘案」と言うけど…

 なぜ配備先が新港地区なのか。防衛省は「地元自治体等とも調整の上、総合的に勘案して決定しています」と答えるにとどまった。
 県基地対策課によると、沖縄防衛局からは5月29日に「石垣の駐屯地が工事中のため、外に配置する」と連絡があった。石垣市によれば、新港地区のほとんどが国有地という。
 冒頭の花谷市議は「あそこは市民の暮らしに必要な日用品や食料が荷揚げされ、市内へ配送されていく物流拠点。そばに大型の燃料貯蔵施設もある。生活や安全への影響を不安に思う市民も多い」と語る。
 港湾労働者もたまらない。「朝起きたら目の前にミサイル。そんな気持ちだ。何も知らされず、突然持ち込まれた」。全日本港湾労働組合沖縄地方本部の山口順市執行委員長は憤る。
 同本部は安全が脅かされるとして、組合員の自宅待機を検討。防衛省側にも撤収を求めた。「回答は今もない。こちらはいつでも待機をかけられる構えだ」

安保関連3文書に記された港湾の利活用方針

 22日の時点でまだ、PAC3は居座っていた。ミサイル配備に反対する長浜信夫市議は「駐屯地のそばに山がある。PAC3のレーダーが全空を捕捉できず、外に置きたいのでは」と推測。「市民の目に触れる場所にミサイルを置き、日常の風景にして慣れさせる。そんな意識で配備を続けているのではないか」

◆平時から有事に備える「地ならし」なのか

 新港地区がある南ぬ浜町では、過去にもPAC3配備があった。2012年と16年に北朝鮮が「衛星」と称して飛翔ひしょう体を発射した際にも展開された。
 ただ今回は重く捉えるべき事情もある。昨年末改定の安保関連3文書で民間港湾を活用すると明記されたからだ。「有事の際の対応も見据えた空港・港湾の平素からの利活用に関するルール作り等を行う」とある。
 沖縄国際大の野添文彬准教授(国際政治学)は「中国のミサイル増強で米軍基地や自衛隊基地が容易に攻撃される可能性を念頭に、できるだけ兵力を分散し、米軍基地以外でも使えるようにしたいのだろう」と語る。
 特に石垣の民間港湾の役割は大きいとみる。今月には米軍艦が寄港する計画もあった。台風で延期になったが「台湾有事をにらみ、地理的に近い石垣島は一種の拠点的な役割を担うのでは」と危ぶむ。
 さらに「日本政府は本州や九州、南西諸島に部隊を展開しなければならない状況を想定している。平時からその展開のための訓練とも取れる機会は今後、ますます増えるだろう」とし、「平時から有事に備える一種の地ならし。平時と有事の境界線がさらに曖昧になっていく」と続ける。

◆台湾有事に巻き込まれる不安

18日、北京の釣魚台迎賓館を歩く米国のブリンケン国務長官(中)と中国の秦剛国務委員兼外相(右)=AP

 沖縄県内では、台湾有事の飛び火を懸念する人が多い。沖縄タイムスなどの世論調査では、台湾をめぐる米中間の武力衝突に沖縄が巻き込まれる不安について「大いに感じる」「ある程度感じる」と回答した割合が85%を超えた。
 一方で米中間の緊張感は緩む気配は乏しい。今月19日には米国のブリンケン国務長官が訪中し、習近平国家主席らと面会したが、台湾問題や経済安保で対立を回避する道筋までは見えてこない。20日に演説したバイデン大統領は、習氏を「独裁者」と呼び、早くも物議を醸した。
 果たして、どう備えるべきなのか。
 東京工業大の川名晋史教授(国際政治学)は「有事がぶっつけ本番では、それこそ地元に被害が生じるのではないか。そういった事態を防ぐために自治体とどう調整し、どこに配備するか事前に決めておいた方がよい」との見方を示す。
 「中国に対する備えだと表明しにくい面もあるが、及び腰でいても事態は好転しない。ごまかさず、地元自治体との戦略的な対話も必要になっている」と事前説明の必要性を説く。

◆専守防衛を変えるなら「やられるかもしれない」

 ぬぐい去ることができない懸念もある。
 危機に乗じるようにして国が過度に備えを強める事態を危惧するのが、琉球大の島袋純教授(行政学)。
 「専守防衛のミサイルから、敵基地攻撃能力を持つミサイルに変えるなど、むきになってやれば他国の警戒心を非常に高め、沖縄がやられるかもしれない」
 そんな状況だからこそ、国による独断専行型の意思決定を問題視する。
 「軍事や防衛は国の専権事項といって、無理に進めていくことは、法に定められた個人の生存権の保障や自治権をないがしろにする行為で、法の支配に背く」
 島袋氏は昨今の国の姿勢について「ダブルスタンダードとしか思えない」と憤る。新型迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」を巡る秋田県や山口県での配備計画は撤回されたが、沖縄県は依然、多くの基地負担が強いられている。
 「台湾有事が起きた際、沖縄だけが出撃地になり、戦場になるような想定は、ばかげている」
 こうした事態に歯止めをかけるため「沖縄の自己決定権を前提に、沖縄の同意がなければ軍事拠点化をできない仕組みをつくることが重要になる」と訴える。

◆デスクメモ

 民主主義は、さまざまな立場の人々が率直に意見を出し合い、丁寧に誤りをただす過程も含む。「行き過ぎ」を防ぐ上では、民主主義の根幹をなす「議論」が有効なはずだ。「国防は国の専権事項」とばかりに広く議論するのを怠っては困る。「民主主義陣営の一員」とも名乗れなくなる。(榊)

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