本気なのか?岸田政権が狙う「政治家の賃上げ」 首相で月6000円アップ法案提出 世間知らずな金銭感覚

2023年10月21日 12時00分
 20日に開会した臨時国会に、閣僚など特別職国家公務員の給与を上げる法案が提出された。首相の場合、月額は6000円増えて201万6000円に。一般職に合わせて引き上げられ、一部は返納されているものだが、今は物価高で国民が苦しんでいるタイミングだ。くしくも岸田内閣では、武見敬三厚生労働相が介護職員の月6000円程度の賃上げ案を「妥当」と発言し、批判されている。永田町の金銭感覚を考えた。(曽田晋太郎、岸本拓也)

◆「給与を下げるなら分かるが」

衆院本会議で、議長選挙の投票に臨む岸田首相(左)と自民党の茂木幹事長

 「国民は物価高などで苦しい。民間の賃金を底上げしてから上げるなら分かるが、税金からもらう側だけ上がるのはおかしい」
 20日、国会の近くを歩いていた東京都立川市の会社員男性(55)は、政府が首相らの給与を引き上げる法案を提出したことに憤りをあらわにした。元民間病院の職員という文京区の無職男性(70)も「国民の生活が苦しい中、給与を下げるなら分かるが、上げるなんてとんでもない。ちゃんと国民の方を向いて仕事をしてほしい」とあきれた様子だった。
 法案によると、人事院勧告を受けて一般職の国家公務員の給与を引き上げるのに合わせ、首相や閣僚、副大臣ら特別職の国家公務員の給与も改定。各月額給与は、首相が201万6000円(6000円増)、閣僚が147万円(4000円増)、副大臣が141万円(同)、大臣政務官が120万3000円(同)となる。
 内閣人事局によると、2015年4月以来の改定。法案が今国会で成立すれば、今年4月にさかのぼって引き上げられる。合わせて賞与も、それぞれ年間で3.4カ月分に0.1カ月分引き上げられる。
 ただ内閣総務官室によると、行財政改革を着実に推進する観点から、14年4月以降、首相は3割、閣僚と副大臣は2割、大臣政務官は1割をそれぞれ月額給与から国庫に返納している。

◆「政府は賃上げを率先してやらないと」と公明ベテラン

第212臨時国会の開会式=国会で

 20日に登院した議員はどう思っているのか。院内に入って尋ねると、「皆、一部を返納しているのだから全く問題ない」(自民党若手)「返納で、こちらとしても厳しく対応しているので理解してほしい」(ある副大臣)「政府は賃上げを掲げているので率先してやらないといけない」(公明党ベテラン)といった声が聞かれた。
 一方、「身を切る改革」を掲げる日本維新の会の幹部は「うちなら絶対にやらない」と強調。共産党幹部も「一般職は上げないといけないが、首相ら特別職を上げるのはいかがなものか」と疑問を呈した。

◆岸田首相、今さらスーパーを視察し物価高を知る

 首相や閣僚の給与とは別に、国会議員には歳費が出る。議員1人当たりの歳費は月額129万4000円で、年間の賞与は約620万円。首相や閣僚は給与と二重取りできないが、一般の議員にはかなりの収入だ。

スーパーマーケットを視察する岸田首相=16日、東京都江東区で

 この歳費も首相や閣僚の給与が上がるのに合わせて引き上げられてきた。今回は、公明党の石井啓一幹事長が13日の記者会見で「従来は歳費も引き上げてきたが、国民の実質賃金がプラスになるまでは控えるべきだ」と慎重な姿勢を示している。
 国民の困窮を知ってか知らずか、岸田文雄首相は16日に都内のスーパーを視察。近く取りまとめる経済対策に関し、記者団に「まずは物価高から国民生活を守る」と強調した。露骨なパフォーマンスに、ネットでは「視察しなければ物価高が分からなかったのか」などと冷ややかな声が上がっている。

◆介護職の賃上げ「月6000円程度が妥当」の上から目線

 一方、偶然にも首相と同じ「月額6000円」の賃上げがなされようとしているのが、介護職の人々だ。
 政府が取りまとめる経済対策に「月額6000円」を盛り込む方針が、18日に一部で報じられた。介護事業所で働く人らでつくる労働組合「日本介護クラフトユニオン」の村上久美子副会長は同日の記者会見で、「6000円ではとても追いつかない。他の産業へ人材が流出していく」と危機感を示した。

閣議に臨む岸田文雄首相。左は小泉龍司法相、右は武見敬三厚労相=13日

 翌19日、武見厚労相が川崎市の介護施設を視察した後、報道陣に「月6000円程度が妥当」との考えを示し、批判が噴出した。同日に岸田首相と面談して賃上げ推進を求めた全国老人保健施設協会の東憲太郎会長も、その後の会見で「(月6000円では)全く足りない」と言い切った。

◆介護職の賃金水準を理解しているのだろうか

 首相や閣僚と異なるのは、もともと介護職の賃金水準がかなり低いことだ。2022年の賃金構造基本統計調査によると、施設勤めの介護職員の給与は月24万2200円。全産業平均の31万1800円と比べて、7万円近い開きがある。
 介護サービス事業者の収入にあたる介護報酬は、国が原則3年に1度見直す公定価格のため、賃金を引き上げて価格に転嫁できない。賃上げするには、介護報酬自体を引き上げるか、補助金などで手当てするしかない。

貴重なお金

 政府は21年の経済対策でも月平均9000円相当の賃上げ策を盛り込み、昨年から実施している。しかし、昨今の物価高や人手不足で多くの産業が大幅な賃上げを進め、今春闘の主要企業の平均賃上げ率は3.6%となった。一方で介護職員の賃上げは1.4%にとどまり、その差は広がるばかり。高齢化が急速に進むいま、他産業への人材流出の懸念が強まっている。

◆「人材定着には働きやすい職場づくりをサポートする政策」

 そんな中で出た「6000円は妥当」発言。約10年、祖母を介護し、介護福祉士の資格も持つ介護ジャーナリストの小山朝子さんは「介護の現場がどれだけ大変か、丁寧に視察した上で発言したのだろうか。他産業との差が広がっているのに、『妥当』と言われたら、現場は反発する」と話す。
 ただでさえ介護現場は人手不足に加え、新型コロナウイルス対策などの新たな負担も生じている。小山さんは、認知症の利用者が増えている点も挙げ、「これまで排せつ、食事、入浴という身体介護が中心だったが、認知症利用者のメンタルのケアに関する新たな知識や技術も求められている」と指摘した上で、政府にこう求める。
 「人材を定着させるには処遇改善はもちろんだが、職員の負担を軽減するシステムも大切。職員が働きやすい職場づくりをサポートする政策的な措置が必要だ」

◆「バナナのたたき売りのような政策ばかり」

自衛隊のイージス艦「あたご」

 こうした国民の生活実感と、かけ離れたように見える岸田政権の「金銭感覚」。自分たちの給料はお手盛りで増やしつつ、防衛費などに巨費を投じ、24年度一般会計予算の概算要求額は約114兆円と過去最大の規模に膨れ上がった。5年で43兆円にもなる防衛費のために将来的な増税を見込む一方、期限付きの所得税減税に乗り出すという。
 淑徳大の金子勝客員教授(財政学)は「岸田首相は党内バランスばかりを見て妥協を繰り返し、政策に一貫性がない。権力維持しか考えない世襲政治家の悪い部分がもろに出ている」とばっさり切り捨てる。
 「防衛増税は選挙に負けるからと延期し、じゃあ減税も一時的と、まるでバナナのたたき売りのような政策ばかり。国民は『選挙が終わったら増税で取り戻すんでしょ』と、見抜いているから支持率は上がらない。もはや末期症状ではないか」

◆デスクメモ

 誰もが介護を受ける可能性がある時代。職員の賃上げに反対する人がどれだけいるのか。経済原理に任せず、大事な人々には予算を割くのが政治の役割だろう。魅力ある職場と感じて人が集まれば、労働環境も改善する。少しずつでなく、一気に好循環を生むインパクトある政策を。(本)

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