会員限定記事会員限定記事

処理水放出〝首相裁断〟の危うさ【点描・永田町】

2023年09月11日

政治ジャーナリスト・泉 宏

 岸田文雄首相が東京電力福島第1原発事故に伴い発生し続ける「ALPS処理水」について、8月24日の海洋放出開始を決めたことが、国内だけでなく国際社会に複雑な波紋を広げている。首相は同18日の米国でのバイデン、韓国・尹錫悦両大統領との日米韓首脳会談から帰国した直後、「首相裁断」の形で放出決定に踏み切った。ただ、風評被害の当事者となる福島県などの漁業者に「安全と安心は別問題」との不安が渦巻く中、中国がすぐさま日本産水産物・加工品の全面禁輸措置を発動するなど、内外で「放出強行」への厳しい反応が相次ぎ、首相を揺さぶっている。

前途多難な安倍派の新体制移行【点描・永田町】

 首相は放出開始を受け、漁業者支援に総力を挙げる構えだ。中国の厳しい措置には外交ルートを通じて即時撤廃を求める一方、風評被害対策に全力で取り組む姿勢を強調し、政権運営へのダメージ回避を狙った。政府は風評被害対策と漁業者支援に計800億円の基金を設け、「損害が生じれば東電が賠償する」と説明。首相も「基金活用や東電による賠償など、漁業者救済のため、万全の体制を取る」と力説した。

 放出決定までの経過を振り返ると、政府は22日午前に関係閣僚会議を開き、24日の放出開始を決めた。これに先立ち、首相は米国からの帰国翌日の20日に福島原発を視察。21日には全国漁業協同組合連合会の幹部らと面会し、理解と協力を求めた。もともと政府は関係者の説得を含め、ぎりぎりまで〝円満決着〟を目指してきたが、「首相は帰国時に、それは困難だと判断して『最後は自分が前面に立って収めるしかない』と腹を決めた」(首相官邸筋)とされる。

積み重ねた〝弥縫策〟

 そもそも、政府が処理水を「夏ごろ」に放出する方針を決めたのは今年1月。これを受け政府内では、放出時期について「8月の上、中、下旬のいずれか」とする方針を固めた。ただ、放出に強く反対する中国との国際会議での厳しいやりとりを避けるため、まず「上旬」を断念。さらに18日の日米韓首脳会議と重なる「中旬」も見送られ、「下旬」が残った。その中で、25日に東日本大震災の被災地である岩手県の県議選が告示され、9月3日には県議選と同県知事選の投開票が行われるため、「選挙への悪影響を最小限とするためには8月24日しかない」との結論に至ったとされる。

 その際に腐心したのが、漁業者らの「理解取り付け」だ。政府は2015年に「関係者の理解なしにはいかなる処分も行わない」と福島県漁連に約束していたためだ。そこで首相らは、7月に西村康稔経済産業相が同県漁連の幹部と面会した際、漁連側が「40~50年後に廃炉がなされたとき、福島の漁業が存在していて、初めて理解が成り立つ」と主張したことに着目。「『廃炉』を処理水放出の理由とすれば、『一定の理解』が得られる」(官邸筋)と読み、漁連側の主張を踏まえて「廃炉まで政府と東電が寄り添い続ける姿勢を示すことにした」(同)という。

 これを受け、首相は8月20日の福島原発視察時に東電幹部と面会し、「廃炉の期間中、長期にわたって万全の対応を持続し、内外の信頼を裏切らない決意と覚悟を」と檄(げき)を飛ばした。ただ、最新の各種世論調査でも「放出への一定の理解」が進んだ半面、「福島県民らへの政府の説明不足」を感じる向きが過半数となっている。放出に至った経緯を見ても「政権側の都合だけを優先した弥縫(びほう)策の積み重ね」(立憲民主党幹部)との見方が多く、中国の禁輸措置に伴う経済的な悪影響の顕在化などと合わせて今後、支持率低迷による政権危機を加速させかねない危うさもはらんでいる。

(2023年9月11日掲載)

そもそも「処理水」って?【時事ワード解説】
処理水関連ニュース

◆点描・永田町 バックナンバー
◆時事通信社「地方行政」より転載。地方行政のお申し込みはこちら

点描・永田町 バックナンバー

話題のニュース

会員限定

ページの先頭へ
時事通信の商品・サービス ラインナップ