コロナ給付金巡る「不備ループ」 国を提訴した個人事業主らの思いは

2023年9月19日 12時00分
 新型コロナウイルスの影響で売り上げが減少した中小企業や個人事業者の支援策として国が創設した給付金制度。一部の申請者が「提出書類に不備がある」と何度も指摘を受け、申請を断念したり、不支給となったりする「不備ループ」が相次いだ。解決方法が示されないまま申請と不備連絡の繰り返しを余儀なくされた2事業者が国を相手取り提訴した。原告らの思いとは。(山田祐一郎)

◆要件も形式も同じなのに2カ月分は支給、4カ月分は「不備」

 「こちらが悪いのか、事務的なミスなのか。裁判で経緯を明らかにしてもらいたい」。千葉県木更津市の食器販売「ハマダヤ食器」社長の梶千恵子さん(58)が語気を強める。手元には中小企業庁から郵送された再申請を求める文書が20通近くある。「スムーズに申請できた人や少し修正すれば申請が受理された人などいろいろいたが、私は何をやってもダメだった」
 梶さんともう1社は今年6月、国を相手取って新型コロナの影響で売り上げが減少した中小企業、個人事業者を対象とした支援金の支給や損害賠償を求めて東京地裁に提訴した。11月に第1回口頭弁論が開かれる予定だ。

2021年に申請を受け付けた「一時支援金」と「月次支援金」のパンフレット

 問題としているのは、2021年1月の緊急事態宣言で減少した同年1~3月分の売り上げが対象の「一時支援金」と、4~10月の売り上げを対象とした「月次支援金」。梶さんは一時支援金と4~9月分の月次支援金を申請。その結果、一時支援金60万円と4、5月分の月次支援金各20万円が支給されたが、6~9月分は支給されなかった。
 オンライン申請で添付した資料は、項目も形式もすべての月で同じ。売り上げが基準月よりも半減しており要件は満たしているはずだった。連日、業務終了後にパソコンに向かい申請を行ったが、そのたびに不備を指摘される「不備ループ」を経験した。

◆できることは何でもやった「どこが不備か知りたい」

 「コールセンターに電話しても『わからない』と言われる。自分なりに想像して試してみても『不備』、別の書類を添付しても『不備』。まるでトランプの神経衰弱ゲームのようだった」と梶さんは振り返る。店の実体がないと疑われていると思い、店舗の写真を添付したり、同時期に亡くなった父の葬儀に寄せられた商工会議所からの花の写真を送ったりもした。「立ち入り検査をしてほしいと文書を送るなど、できることは何でもやった」
 同社は1927年に創業し、冠婚葬祭用の贈答品などを販売してきた。コロナでイベントの自粛が広がり大打撃を受けた。「帳簿や領収書はしっかり保存してきたという自負もある」。支援金の事務局が要求するのは「毎日複数回の取引を確認できる書類」。だが、1日に1件も取引がない日もざらにある。「ここには出さない、という嫌がらせなのか」と嘆息する。

◆行政書士が確認して解消したはずなのに

 「不備がどこにあったのか理由を聞けば納得できるかもしれないが、分からずじまい。それが知りたい」と梶さんは訴える。「中小企業や個人事業主は高齢者が多く、オンライン申請が分からない人もいる。自分と同じような経験をして泣き寝入りしている人はたくさんいるはずだ」と語る。

中小企業庁から届いた再申請を求める通知文書を見せ、当時を振り返る梶千恵子さん=千葉県木更津市で

 訴状によると、原告のもう1社は、一時支援金の申請で事務局から不備の指摘が相次ぎ、行政書士の協力で理由を確認して不備を解消したはずだったが、提出済みの資料の再提出を求められた。オンラインで書類を再提出しようとしたが、容量制限で申請できなかったため、郵送したが送り返され、最終的に不支給となった。
 原告側は「本来、不要な作業に膨大な時間を費やすことを強いた上、理不尽な対応に精神的な大きな負担を受けた」と主張する。

◆相次ぐ不正受給20億円以上、国は「不正防止のため」

 中小企業や個人事業者へのコロナ給付金を巡っては、2020年5月〜21年2月に申請を受け付けた持続化給付金で不正受給が相次いだ。国は一般社団法人「サービスデザイン推進協議会」に事務局業務を委託し、441万件の申請に対し、424万件計5.5兆円を支給。このうち2026事業者で計約20億6000万円余(9月14日現在)が不正だったと認定されている。
 一時支援金と月次支援金、その後継の事業復活支援金(申請期間、22年1〜6月)は、コンサルティング会社「デロイトトーマツファイナンシャルアドバイザリー」に事務局業務を委託した。「不備ループ」が相次いだのはこの時期だ。中小企業庁の担当者は「持続化給付金で不正受給が相次いだため、一時支援金以降、不正防止の観点から、提出された書類から要件を確認できない場合、追加の書類提出を求めていた」と説明する。

中小企業庁が入る経済産業省総合庁舎

 「不備ループ」の批判をどう受け止めるのか。「当時、事務局としては不正防止のため、できる限りのことをやっていた。事業復活支援金では、提出を求める書類をより明確化した。仮に今後、同様の給付金事業を行う場合、改善できる点はしていく」と担当者は話す。

◆申請はオンラインのみ、あきらめた事業主も

 原告弁護団の本間耕三弁護士は「給付金は、国と申請者による贈与契約であり、要件を満たせば受け取ることができる。不備ループで国は、抽象的な指示で申請者を振り回し、もらえるべき給付金をもらえない状況に追い込んだ」と指摘する。その上で「申請はオンラインのみ。中小、個人事業者にもっと寄り添っても良かった。国が中小企業をどう支えるのかという根本が問われている」と語る。
 不備ループに苦しんだのは原告だけではない。原告を支援する「不備ループを解消する会」のメンバーで新宿民主商工会の江島あゆみ事務局長は「訴訟をあきらめた事業主も多い」と明かす。不備を通知するメールは、何十行も改行なしで不備内容が列挙された文面が届く。「お年寄りだろうが、インターネットの知識がなかろうがお構いなし。再度申請しても、前とどこが変わったか分からない同じような文面が届くのはまさに『ループ』。不備を解消できた人もいるが、このメールが大きな精神的負担になったという声をたくさん聞いた」と明かす。

申請者に送られた不備を指摘するメールの文面(不備ループを解消する会提供)

 専門家からも当時の国や事務局の対応について検証を求める声が上がる。行政書士で中小企業診断士の櫻井義之さん=千葉県佐倉市=は一連の支援金で全国500〜600事業者に無料でオンラインによる事前確認を行った。だが、実際に申請が始まると担当した事業者の約1割から「書類不備などの理由で支給されない」と相談を受けた。申請者に代わって事務局に問い合わせるなどしたが「相談窓口が審査部門と連携しておらずたらい回し。結局、相談の半分ほどは不支給となった」という。
 文書作成のプロとして客観的に見て要件を満たしていると感じても不備となったケースも。櫻井さんはこれまで国に対し、支援金への対応改善を求める意見書を6度提出。「事務局の運営体制が適切だったのか第三者機関による検証が必要だ」と訴える。
 神戸国際大の中村智彦教授(地域経済論)は「膨大な対象者に対し、行政の対応能力を超えるバラマキを行った結果、矛盾が生じて公的な審査として平等性を欠く結果となった」と不備ループの背景を説明し、こう強調する。「多くの人が不信感を持ったのは事務局を受託した企業が下請けに業務を丸投げした結果、責任の所在が分からなくなっているためだ。根本的なシステム設計が間違っており、誰も責任を取らない構図が問題だ」

◆デスクメモ

 改行は読みやすい文章を書くための定石だ。改行のない長文メールを取引先に送り付けたら、極めて失礼になる。新聞が全ページ改行なしだったら、間違いなく苦情が殺到する。説明の実績は残したいが、追及されたくない。そんな責任回避の意識が不備通知メールからも浮かぶ。(北)

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