No.395 NATOはユーゴでの人道戦争に勝つためにいかに交戦規則を変えていったか

今回は、昨年のコソボ紛争について取り上げます。NATO軍はユーゴに対し当初、軍事施設などに限定して空爆を行いましたが、徐々に診療所やテレビ局といった民間施設までも標的とするようになりました。これは、米国やイギリスを始めとするNATO諸国が、他の諸国には交戦規則を厳密に遵守するよう要求する一方で、自らの行動に関しては自分達の都合のいいように交戦規則を変更するという、今世紀最大の偽善であると私は考えます。是非、お読み下さい。皆様からのご意見をお待ちしております。

NATOはユーゴでの人道戦争に勝つために
いかに交戦規則を変えていったか

『インディペンデント』紙 2000年2月7日
ロバート・フィスク

 ユーゴ紛争も終焉間近の1999年5月31日、NATO軍がスルドリツァの結核療養所兼老人ホームを爆撃した時に、私はあることを確信した。その地下にはセルビア人兵士が身を隠し、その上に民間の避難民が眠っていたが、爆撃によって兵士は生き残り、民間人は虐殺された。これに対しNATO軍の擁護者であるシェイ報道官は、それが正当な標的の兵舎だったと発表したのである。

 シェイ報道官及びNATO軍は、その建物が療養所であり、ユーゴ軍兵士だけでなく民間人がそこにいたと知っていたのであろうか。セルビア人を人柱に使ったユーゴ軍の行為は、もちろん恥ずべきものである。しかし、NATO軍がそこに民間人もいると知っていたのであれば、これは明らかに国際法違反である。1949年のジュネーブ条約追加議定書(第一議定書)の第50条3節は、「文民の定義に該当しない者」が文民たる住民の中に存在していたとしても、文民たる住民を保護することを明確に要求している。

 午後の日差しの中、その日に殺された避難民の死体が並べられている。草の上に横たわる10代の少女から数メートル離れたところに愛の詩集が置かれている。イギリスの『インディペンデント』紙が、彼女の悲劇的な愛と死を1999年11月に特集した。彼女はNATO軍によって殺された。同じく、若く聡明なセルビア人の数学専攻の女子大生も、バルバリン橋で負傷者を助けようとして命を奪われた。米国のジェット機は細長い古い橋を爆撃し、橋の上を歩いていた民間人の命を奪った。この日はセルビア正教の祝日で市が立ち、爆撃が起こった午後1時頃は、橋の上は通行人で賑わっていた。橋は戦車が通るには狭すぎた。その時橋の上に戦車がなかったというだけで、戦車がそこを通らないとは断言できないとNATOのシェイ報道官は語った。しかし実際には、その橋はユーゴのどんな戦車が通るにも狭すぎた。最初の爆撃から約20分後、ちょうど救援隊が到着した頃を見計らったかのように米国のジェット機が2度目の爆撃を行った。ベオグラード大学から最優秀賞を受けたばかりの女子大生は、道路から負傷者を引き上げようとして、その米国パイロットの爆撃によって死亡した。また同じ爆撃は、教会から出てきた地元の聖職者の首を切断した。

 この地域はあたり一面に、NATO軍が好んで使った集束爆弾の一部と思われる破片が散らばっている。集束爆弾はユーゴ全土に落とされたが、民間人の犠牲者はセルビア南部に集中した。戦争初期には、集束爆弾は多くのアルバニア系避難民を行くあてのない部隊に散り散りにさせた。おそらくイギリスの攻撃機からセルビアの都市ニスの兵舎を狙って落とされたと思われる集束爆弾が標的をはずれ、民間人の命を奪った。国連人権高等弁務官メアリー・ロビンソンは、セルビアのコソボに対する「民族浄化」の非難に加え、このニスへの攻撃に激怒し、NATOの高官に細心の注意を払うよう要請した。

 ユーゴ紛争後半のある時点から、NATO軍は民間人の犠牲者を出しても、謝罪を行わなくなった。それはその標的を攻撃目標として正当化し始めたからである。当初、兵舎や軍事施設に対して攻撃を行ったが、中は大抵もぬけの殻であった。そのためNATO軍の空爆は二重使用目的の工場や、可能性を狙った標的(これで多くの人が警察の車に護衛されながら移動するコソボ避難民になった)、ついには交通路や、兵士をかくまう病院、セルビアのテレビ局と、手当たり次第に標的にするようになった。

 2000年2月に出されたヒューマンライツウォッチ(人権監視団体)の報告書は、NATOによるユーゴ空爆の残虐行為を最もありのままに近い形で描写している。ユーゴスラビア政府によって慎重かつ詳細にわたり(幾分偏りはあるが)作られたNATOの犯罪白書を含むユーゴ側の情報源に依存し過ぎる嫌いはあるものの、NATO軍の戦術や主張、白々しい嘘に関する分析は、(もちろんヒューマンライツウォッチは嘘とは記さなかったが)昨年の「道義」の戦いの歴史的描写に別の視点を加えている。

 同報告書は、NATOがセルビアのテレビ局中継地点ではなくセルビア国営放送(RTS)のテレビ局本社を攻撃したことに対して、プロパガンダを流していたとしても軍事目標にはなり得ないと、NATOを非難している。しかし、イギリスの閣僚の一人であるクレアー・ショートは、16人のスタジオ技術者と1人の若いメークアップ・アーチストを死亡させておきながら、軍事目的であったとして正当化している。いうまでもないが、その同じNATO軍は、1992年に同様のプロパガンダを流したクロアチアのテレビ局本社を軍事目的の標的として爆撃することは決してなかった。

 他人の発言内容にいかに嫌悪感を覚えたとしても、それを理由に殺人を行うことは、交戦規則を変えたことになる。NATOが1999年4月から6月までに行ったことはまさにそれである。NATO軍は交戦規則を変更した。兵舎が正当な標的とされ、タバコ工場や橋、さらには列車が通過中のグルデリツァの鉄橋でさえ、正当な標的となった。

 グルデリツァの鉄橋を渡る旅客列車を映したビデオ映像について、ヒューマンライツウォッチに引用された、NATOの最高司令官ウェスリー・クラーク将軍の発言は興味深い。「パイロットとして任務に集中していれば、列車がいかに突然現れたかが分かったと思う。極めて残念である」。しかし、NATOが報道陣にそのビデオ映像を見せた時、実際の列車の走行速度の3倍でビデオを映写していたという最近明らかになった事実を、この人権団体は知らなかったようである。

 すなわち、突然現れたというクラーク将軍の発言は真っ赤な嘘であり、実際にはずっとゆっくり走行していた。また、ヒューマンライツウォッチはこの空爆のユーゴ側生存者何人にもインタビューしたと述べており、実際その努力はすばらしいものだが、爆撃機が2度目の爆撃のために引き返したと生存者数人が証言していることも同団体は知らなかったようだ。事実、その現場検証から線路の上の鉄橋が最初の爆弾で粉々になり、送電線が切られ、列車が止まった後で発射された2発目のミサイルで客車が狙われたことが明らかになっている。

 これは戦争犯罪ではないとヒューマンライツウォッチは述べている。事実、ケネス・ロスと調査担当者によれば、NATOは戦争犯罪をまったく犯してはおらず、その罪は国際人道法(狭義には1949 年のジュネーヴ条約に示される戦争犠牲者の保護のための国際法。広義には、交戦法規のみならず平時における個人の基本的人権を保障する条約からなる人権法も含む)違反だという。しかし、結局は戦争犯罪に変わりない。さらに誰が何を爆撃したのか、まだすべて明らかになっていない。生存者は列車を攻撃したのは、イギリスのハリア攻撃機であると信じているが、ヒューマンライツウォッチの報告書は米国のジェット機だとしている。ユーゴスラビア人は、パイロットの無線傍受から、4月にアレクシナツの民家を攻撃したのはイギリスの攻撃機だと述べているが、確かなことはまだ明らかになっていない。

 新年の叙勲者リストには、コソボの戦争に参加したイギリスのパイロットが名を連ね、『インディペンデント』紙では彼らの名前をすべて掲載した。しかし、NATO軍の一連の誤爆をなぜ表彰する必要があったのか。このユーゴ紛争でNATO軍は、セルビア軍の戦車はわずか4、5台しか攻撃しておらず、ユーゴスラビアの第三部隊は無傷のままコソボから撤退している。ただ計測器を見ていただけのパイロットになぜ勲章を授ける必要があったのだろうか。

 1999年9月、英国防省の高官や軍の上級下士官に広く読まれる『The Officer』誌に掲載された見落としがちな記事に、4月にセルビアを爆撃したイギリスのハリア攻撃機のパイロットの当時の発言が引用されている。

 「しばらくするうちに付帯的損害(軍事行動によって民間人が受ける人的および物的被害)を無視しなければならなくなり、そうした標的を粉々にし始めた。しかし、政治家はまだそこまで至っていない」。しかし実際、そのすぐ後に政治家も民間人への被害を無視するようになったのである。

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『インディペンデント』紙、2000年6月7日より抜粋
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 「セルビアのテレビ局を爆撃した時、我々は他に手段があることを知っていたが、そこを爆撃するのが良い手段だと判断し、NATOのリーダーもそれに同意した」とクラーク将軍は語った。すなわち、NATOは意図的に民間人を標的にしたのであり、真夜中に約3時間、セルビアのテレビ放送を中止させることを目的に16人の民間人の命を奪ったのである。

 昨年5月17日、NATOのソラナ事務総長は、セルビア国営放送(RTS)を爆撃した理由を、その施設が軍部や特別警察隊の活動を支援するために、無線中継局および無線発信局として使われていたためだと説明していた。しかし、今年、ブリュッセルで開催されたNATO高官とアムネスティ・インターナショナルとの会合では、このソラナ事務総長の説明について、RTSのインフラへの攻撃には当てはまるものの、RTS本部への攻撃については妥当ではないと、アムネスティに報告された。

 また、アムネスティは、米国防省がテレビ局がプロパガンダの目的で使われていたという理由で爆撃を正当化したと指摘している。さらに、イギリスのブレア首相は、BBCのドキュメンタリー番組で、テレビ局を標的にしたのは、NATOの誤爆による犠牲者のビデオ映像がNATO諸国のマスメディアで放映されれば、同盟国からの戦争への支持が弱まるからだと発言している。